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パチンコ・パチスロ特集:『ポカリの攻略研究室』

 パチスロに人生を預ける (第20章)

1999年12月…


札幌空港に着いてからは、とりあえずレンタカーを借りて宿を探す。

俺たちの目的は、相部屋で一人2000円ぐらいの安宿を見つけること。
札幌をフラフラしていると、意外と良い宿を見つけることができ、一人1500円ぐらいで泊まれる部屋を見つける事ができた。

ウィークリーマンションのワンルームだ。
寝るときは雑魚寝で良い。

この頃はインターネットなんて使い方も知らず、それ以前に普及もしておらず足で探すしかなかった(笑)。
宿が見つかってからはススキノのある札幌へGO!! パチンコ屋の下見をそっちのけで、仲間と呑みに行ってしまった。


まずはカニを食べに行ったんだけど、毛ガニ4ハイ(1人1パイ)一人1万円

高くないか?

でもそのときは、みんなで、

北海道のカニってたけーーなーー!」
「やっぱ本場はちげーーーなーーー」


とか田舎モノ丸出しで話していた。
んが、味の良さがまったくわからず、不思議な感じだったのを憶えている。

後からわかったのだが、どうやらボッタくられてたらしい…(笑)。


結局この日は疲れもありカニを食ってそのまま帰ったのだが、
その日は北海道と言う新しい土地での高揚した気分に、最高の寝心地だった。


そして次の日…
vitsという車に乗ってたんだけど、北海道の人たちの運転で一つ不思議に思ったことがある。


「みんな、信号が黄色でも赤でも止まらない!!」


ちょっと大げさかもしれないが、黄色から赤に変わっても3秒以内ぐらいなら渡っちゃうんだよな。
後からその原因がわかったんだけど、この時は驚きだった。

「なんてせっかちなんだ!!」

とか思った自分が恥ずかしい。


そんなこんなで札幌駅にある超有名店やちょっと離れた所にある温泉つきのパチ屋、さらには郊外店などの下見に行った。
こんときは、温泉がついているパチ屋があまりにも画期的で、どうしても見に行きたかったんだよな(笑)。
今となっては結構あるんだが…。



そして下見を済ませみんなで相談した後、次の日は札幌の超優良店に行こうと決めた。
アステカのイベントと言う事で、朝の7時ぐらいから並んだのは今も忘れられない。


実際、1月の北海道の並びは本気でヤバかった…。


ス〜っと空気を吸い込むと肺が凍りつきそう
しかもスキーウェアみたいなものを着ていても、体の出てる部分(足とか顔)から寒くなってくる
言葉通り「完全防備」じゃないと死人が出るな…とも思ったものだ。

実際は多分、氷点下だったんじゃないかと思う。
それでも開店は9時なのに入場は8時にさせてくれて、とても良心的なホールだった。
並んでいるお客さんの負担を少しでも減らそうと気遣ってくれたのだろう。


その日は全員アステカを取れてなんとか結果を残すことができた。
実際、このイベントは二日間あったんだが、運が良く二日連続で設定6をゲット!
「乗り」で打っていたので1人頭+81000という好スタートを切る事ができた。


んが、この二日間で俺たちは一つ気づいたことがある。

それは、このホールにも暗黙の高設定ルールがあるということ。


「朝一の777並びは高設定確定」

もちろん次の日は狙って行った。
みんなで朝の6時から行って並んでたんだけど、ここでいきなり問題発生


店の前に停めてある車から人が降りてくると、いきなり銀髪の男が言った。

「兄ちゃんたち、俺らの後ろだからな。どこから来てんの?」


威圧的だなあ…。

「東京です」

「じゃールール知らないんだな。この店ではな、車を停めて並ぶのがルールなんだよ」


頭に来たけど、旅打ちで揉めてもしゃーないし、ちょっと抜きすぎたかもな。 そう思った俺は、

「そうでしたか、じゃー後ろに並びます。」

そう言ってその人たちの後ろに並んだ。


開店時にはその団体が15人ぐらいになっていたが、
なんとか『仮面ライダー』『スターダスト』『迷クエ』7並び台を取る事に成功。


スターダスト
を判別するも、見事に設定4…(笑)。
そんな設定でも一人頭+39000という満足な勝利で終わりを迎えることができ、なんとか揉め事もなく形になった。



んが、帰ってからみんなで会議。


今日行った店に今後も通うかどうかだ。


でかいジグマ(常連)グループがあるにも関わらず、通っていくってことは肩身の狭い思いをしなければならない
ましてや、ほかの土地から来た俺達はここで揉めてまで金に執着することにあまり意味はない
話し合った結果、後ろ髪を引かれる思いでほかの店に通うことにした。

そしてほかのホールにいくつか通い、寒さに何度か死にそうになりながらもかなりの大勝を収めることができた。
当初は1週間の予定で宿を取っていたのだが、あまりの甘さに2週間も滞在



だが残すところも後2日程になった頃、
最初に味わった高いカニ以外、北海道に来て土地特有の遊びを何もしていないことに気づいた。


そこで次の日には、みんなでスキーをする事にした。ニセコスキー場に向かう。
いっぱい滑って、いっぱい楽しんで、その帰り道…


「山道のカーブがでこえー!」


路面は凍ってるし一方は崖だし…で本当に生きた心地がしなかった。
そして宿まで30分と言う所で、信号にさしかかった。


信号は黄色。スピードは60KMぐらい。


通る頃には赤になってしまうであろうと思ったのか、友達が急ブレーキ。
東京では当たり前の運転だった、のだが…




けつスベった!


ヤバイ! 逆車線っ込む!



うわーーーー!!


ドカン!






なんとか北海道大学の前にあった雪の壁にぶつかったので、大事にはならなくて済んだが、
一歩間違えていたら逆斜線のタクシーに正面から突っ込んでいた


レンタカーを借りた会社に持っていったら、修理代に3万円を払わされ

「事故ったらちゃんと警察を呼んでください」

と怒られ、散々な目に遭って家に帰った。
きっと、北海道の人たちは黄色や赤になってからでも3秒間ぐらいは気にせず渡っちゃうのは…

急ブレーキをかけない為だったんだ!
俺らは、そんなことに事故ってから気づいたアホな東京人だった。


そして最後の一日は、気分新たに小樽ツアー

ここでは、ガラス細工地ビールなどを楽しんで、なぜか寿司食わず蕎麦食って、
彼女にもお土産を買って無事終焉を迎えた。


そして2000年2月1999年10月に知り合ったM氏から「幕張パチンコスロット展示会」に誘われ、
恐ろしい程の業界人達と知り合うことになる。
同時に、当時は全く人気の無かった大都技研の「フュージョン」との出会いでもあった。


そう、ここでの出会いが、俺の人生を大幅に変えたのだ。


   
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