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パチンコ・パチスロ特集:『ポカリの攻略研究室』

 パチスロに人生を預ける (第22章)

2000年10月…

その攻略法は、M氏からきた一本の電話から始まった。


M氏「今なにやってる?」
俺「デート中だけど」
M氏「そかー、じゃーしょうがないな」
俺「え、なになに?」
M氏「攻略法出たぞ」
俺「え?」
M氏「マジマジK駅のM店で打ってる」
俺「デートぶっちして行くわ!」
M氏「わかった(笑)」


とりあえず彼女には、急な仕事(パチ稼業のことを仕事と言っていた)が入ったと言って即効向かう。


着いたのは夕方5時
すでに着いていた知り合いの人たちは、みんなドル箱を使っていた。


その機種名は…バッド●ーイ

M氏店外に誘い、攻略法の内容を聞く。


その内容とは、通常時に成立している3択の10枚役を2択にできるというもの。
10枚役の確率はそれぞれ1/10程度1/31/2になるのだから、ベースは驚く程にアップする。


(小難しいので興味ない人は飛ばしてください)
■計算式
通常では仮に1日8000プレイ回したとすると、その間に8000×1/10=800回10枚役のフラグ成立が期待できる。

本来は、このうちの2/3はとりこぼすはずなのだが、とりこぼしが1/3にまで減るので、
これにより得られるコインは、800(回)×(2/3−1/3)×10(枚)=2600(枚)で、
等価交換なら52000円分の収支の上乗せが期待できると言うことになる。


そして実戦へ…。

もちろん店内では、知り合い同士でも一切話さない
会話は、一度店外に出て携帯電話、またはメールで行う。 店側に気づかれない為の方法だ。

手順は、左リール枠内にBAR図柄を目押しして、
そのスベリコマ数によって右リールに押すAT役を狙い分けるというもの。


この頃にはビタ押しの精度も90%ぐらいには上がっていたので、
約5時間
ほどながらも2000枚のコインを獲得するのに成功した。

ほかの身内も全員ドル箱を使っており、俺らのグループがいるシマは完全なるお祭り状態となっていた。

そして次の日も打ち、またその次の日も打った。

マイナ−な機種だっただけに、設置店を探すのが容易ではなかったのだが、
ほぼ都内を網羅していた組織の情報網によって、その牙から逃れられる店は少なかった。

最後には、シマを身内が占拠するような形になりながらも、きっちり抜ききった。
中にはボーナスが引けず、5万近く負けてる身内もいたのだが…。


そんな中、C駅にあった大手チェーンD店が取った対策は変わっていた。
その内容とは攻略法の通じたバッド●ーイ「レディース台」にしたというもの。


もちろん身内にもビタ押しが得意な女性はいたので、そのイベントが終わるまで一人で攻め続けていた。
他にも攻略の情報レディースのみが打てる情報ほかのグループに流し、紹介料で小遣い稼ぎもしていた。


3日ほどでこのイベント「レディース台」は無くなってしまったが、
それでも充分な収支を叩き出すことに成功したようだ。

結局俺たちも、きっちり終日打てたのは3日だけだった。



一般的には攻略法でメチャクチャ稼いでる人たちがいる、というイメージがあるようだが、
俺たち(のグループ)はその時の稼ぎを会社員で言う「ボーナス」程度にしか考えていなかった。


そんなものに頼っていては、安定した収支が叩き出せなくなるからだ。
人や周りをあてにして何かを得る事に期待していると、思わぬ落とし穴に落ちる。


これが終わった後、今回の攻略法儲かったお金(15万ほど)キャバクラという魔物に一瞬で飲み込まれた。
攻略法で儲かったお金など、残しておこうとは微塵も思わなかったのだ。


そんな出来事があった10月も終わり、
11・12月といつも通りの感じで打ち続け、3ヶ月100万ほどを稼いだ。



毎月最低50万以上を上げるように意識
していたのだが、この3ヶ月はパッとしなかった。

魔の巣窟であるキャバクラに…またちょこちょこ通っていたからである。笑


 

そして2001年へ。
この年はパチスロ業界を震撼させる異常な一年となった。


   
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