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パチンコ・パチスロ特集:『ポカリの攻略研究室』

 パチスロに人生を預ける (第49章)
地元の居酒屋で2時間ほど呑んだ時、上司から

「解析をやってみないか?」

と言われたんだ。


PCに対する知識もなきゃいけないし、パチスロに対する知識もなきゃいけない。
さらには、半端じゃない努力が必要だ。 解析なんて、俺にできるのか?


実際、会社側が解析のソースを持つことはかなりの力になる。
その頃は、会社が●十万と言う金額で解析を買い取っていたらしいから、
もし俺が解析をできるようになれば、毎月100万以上が浮くと言われた。

それでこそ、会社にとって必要な人材になれる。

ということで、もちろんその場で俺は、

「やります!」

と言った。


だけど、実際にできるようになるかは五分五分だった。



まずは実機からメイン基盤(ROM)を取り出して、データをPCに吸い出す。
そして、65536行ある16進数の数字の羅列から、大当り確率や小役確率を読み取るのだ。



気の遠くなる作業である…。
実際、ここでの業務でVBAを使ってストック機のシミュレーターを作っていたこともあった。


どんな機種でも2〜3日で作成して、当時の有料サイトに反映させていた。
また、プログラミングが好きなのと、パチスロが好きだった事の両方のおかげか、
こういった仕事をするのが好きでもあった。


専門学校に居た頃、C言語・JAVAスクリプト・VB・LISPはもちろんのこと、人口知能シミュレート
さらにはWEBのプログラミングもしていたので、大抵の事はできるつもりでいたんだ。



そして、俺は解析を始めた…。

実機からROMを抜き出して、吸出し機を使って65536行あるプログラムをPCに落とす。
抜き出した時の言語はZ80で、簡単に読める代物ではなかった…。

こんな数字が延々と並んでいるのである。

    ↓

104610510015005000
1052105d038e17701f
105e107d0015005a,0a
00ab00ab00ab00ac00





それでも、なんとかこの数字の羅列から、ボーナス確率・小役確率を見つけることができた。
そのボーナス確率「240」なんてわかりやすく書かれてるわけではなくて、16進数「44」と書かれている。


16進数の「44」を10進数に直すと「68」だ。


たとえば、アルゼの台だと分母が16384なので、そのうちの68と言う事になる。
これを数字に直すと…240.941(16384分の68)という設定6のBIG確率になるのだ。


そんなこんなでなんとかメイン基盤の解析はできたのだが、問題はサブ基盤だった。
吸出し機自体がなかったので、自分で作るかどこかから買ってこなければならない。


3ヶ月ほどこのプログラムと格闘をした。
だけど…俺は断念した。



解析を実際にやっている人が身近にいたならば、極めることはできたかもしれない。
自分で調べてやるのには、メイン基盤までが俺の力の限界だった…。


さらに、解析をやっている頃、俺は気分転換という理由で毎日打ちに行ったりもしていた。


その時の会社は定時が19:00と決まっていたので、会社が終わると池袋のグリンピースへと直行。
この系列は、今で言う「みなし機」をとても大事にする店で、店内に入ると時空を越えたかのような錯覚に陥る


当時では、設置を見つけるのでさえ困難だった『B-MAX』『アステカ』
さらには『スペックA』『クランキーコンドル』などが当たり前のように設置されていた。

また、この店は毎日イベントをやっていて、19:00になると、サラリーマン特別抽選会みたいなものがあった。
それは、サラリーマンのみを対象としたイベントで、19:00に店内にいる、ネクタイをつけた人のみ抽選に参加できる。


毎日2台、必ず設定6が用意されていて、その機種も目を見張るようなものばかりだった。


2台のうち1台は、必ず『エノカナ』『大花火』のような、機械割の高い台を混ぜてあって、
残りの1台も『サンダーV』『スペックA』、さらには初代『北斗』などを打つことができた。


しかも俺が通い始めた当初は、抽選で当たる確率が1/3ぐらいで、週に2回は何かしらの設定6を打つことができた。
さらには、平常営業でもハイスペックに設定6を使っており、それらを取るだけでも収支的には満足のいくものになった。


平日は、グリンピースでの抽選や立ち回り、それに加え、
土日は自分の情報網で見つけたイベントを中心に立ち回り、毎月30万近くの収支を手堅く叩き出していた。





また、一方の恋愛の方は、年末にやった忘年会という名の合コンで、面白い子と知り合った。
見るからに「姉御肌」といった感じで、話してみると見た目通りしっかりとした女性だった。

年は28歳

年上が好きな俺には願ってもない年頃だ。


この日は、この子他1人の合計2人と電話番号を交換して、夜の22時に解散した。

その一ヵ月後、合コンで知り合った姉御肌の彼女とデートをすることになった。
 


   
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