先日、久しぶりに実家に帰ってのんびりしている時、物置の壁際に詰まれた古本の山をなんとなく切り崩してみたら、たぶんオレが中学生ぐらいの時に生まれて初めて買った小説が出てきた。
目元を隠す黒線が入った子供の写真が表紙になっているその本は、「1999年のゲームキッズ」。昔、ファミ通という最大手ゲーム雑誌で連載していた、近未来起こるであろう様々な技術の進歩とそれによって発生する諸問題を題材にした、いわゆるショート・ショートものだ。
当時のオレはご丁寧に、気に入った話には目次に印をつけていたのだが、15年以上も経ってその話を読み返してみると「なんでコレが気に入ったんだろう?」と思うものもチラホラ。
まるで若かりし自分がそこに居るかのようで、懐かしくもあり恥ずかしくもあり、そして微笑ましくもあり。思い出の品は残しておくのもいいもんだなーと思った。
その頃はもちろん、パチンコやパチスロなんて存在すら知らなかったわけで、どんな台がホールに設置されて人気を博していたのかは、人から聞いたり、雑誌で読んだりするしか知る術は無いけど、今の規則では実現できない仕組みやゲーム性を備えた台がいっぱいあったらしいよね。いいなぁー。オレも遊んでみたかったなぁー。
時代の流れとともに技術的なことは進歩しているはずなのに、玉やコインを出す仕組みについては、やれ規制がかかっただの、また緩くなっただの、またまた規制されただの、なんで同じコトを繰り返しているんだろね? ぐるぐる回り続けてバターになっちゃうよ。
さて、今現在ホールに設置されているパチンコや5号機たちは、十数年後に思い返した時、「あの頃のあの台が良かったなぁ〜」って思い出の一部になれる台がどれだけあるのかね。新鬼武者や北斗・剛掌はどう?
夏の終わりに、たまには感傷的になってみました。
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