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新たなる旅立ち(EP1-10) |
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3月8日(月) |

〜1年後〜
「それじゃ、『魂の軌跡』のデータ取りに行ってきまーっす!」
「おう、いいデータ頼むぞ〜」
オレの名前は、野々室 百馬(ののむろひゃくま)。半年前、このセブンR出版にバイトで採用された、パチスロ大好き22歳だ。
1年前まではパチスロで生活費を稼ぐ、いわゆるスロプロだったオレ。あの頃は勝つことがオレのアイデンティティであり、もし負けたりした日にゃあ自分の存在をも否定されたかのような気分になったもんだ。
でも、今は違う。たとえ負けても、オレが取ったデータは集計され分析され、時には実戦コラムの材料として、雑誌に反映される。決してムダにはならないのだ。
その代わりに、単純に金銭的な意味でいうと、月収は減っている。負けを覚悟で打たなければならないこともあるため、パチスロでの収入が激減したからだ。アルバイト風情の薄給じゃ、赤字を出さないことで精一杯の暮らし。
それでも、充実している。
これもアイツのおかげだ。
あの、少女の姿をした貧乏神・レイがオレの元に来てくれたことで、オレの人生はようやく回り始めることができたんだ。
パチスロライター・ノムラ600マンとしての人生が…。

〜その1年前〜
「おいっ、どうしたんだよ? 起きろって、オイ!!」
「う…ん……」
レイが家に来てからのオレは、もう負けることがイヤになり、パチスロを打つことがだんだんと怖くなって、すっかりホールから遠ざかってしまった。
「ツイてない」ということがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。
そんなある日、レイが部屋の隅でパタリと倒れこみ、動かなくなってしまった。呼吸も荒く、見るからに具合が悪そうだ。
「お前、顔が真っ白じゃねぇか! どこか悪いのか?」
「…スロ……ってくだ…さい」
「えっ?」
「パチスロ…打ってください……。今なら、大丈夫…」
「そんなこと言ったって、お前が大丈夫じゃねぇだろ!」
「ボクは…ご主人さまが打ってくれれば……元気になりますから…」
そんなバカな。オレがパチスロを打つだけで、お前の体がどうにかなるわきゃねぇだろ。そう思ったけれど、オレは「分かった」と頷き、ダウンジャケットを羽織って家を出た。レイが「打て」と言ったのは、これが初めてだったからだ。
アイツがああ言うからには、きっと何かの事情があるのだろう。それならば言うとおりにしてやるのが、オレができる唯一のことだと思った。
しかも、どうせなら勝たなくては! もしこれで負けでもしたら、レイに「自分があんなこと言ったから負けた」と思わせてしまうかも知れない。
オレは自分の負けを誰かのせいにしたことはないが、アイツがどう思うかは分からないからな。
2ヶ月ぶりにホールを訪れたオレは、かつて無いほど慎重に台を選び、神妙な手つきで遊技を開始した。
コインサンドへ投入する千円札の1枚1枚、そのコインを使う1ゲーム1ゲームが、こんなに重い。勝たなければいけないパチスロとは、かくも緊張感あふれる、面白いものだったのか!
そして、あぁ何ということだろう。オレが打ったジャグラーはわずか3000円でのペカッから一度も200ゲーム以上ハマらず、1箱満タンまで出続けたのだった。
「おいっ、勝ったぞ! このオレが、確率以上にボーナスを引けたんだ!」
喜び勇んで帰った自分の部屋に、もうレイの姿は無かった。一通の置き手紙を残して、アイツはまるで初めからいなかったかのように、きれいさっぱりと姿を消した。
「ご主人様、おめでとうございます! 今日はきっと勝ったんですよね?
おかげでボクは大人になることができました!
ツキを取り戻すための条件は、たった一つ。『前向きな気持ちを示すこと』なのです。何かに挑戦したり、誰かのために頑張ったり、不幸に負けない意志を持つ者に、幸運は舞い降ります。
ツイていない人は、自分の不幸を何かのせいにしたりして、後ろ向きになりがちなのですが、そんなことではツキは戻ってきません。かといって闇雲に突進するのも、ツイていない状態では危険です。
そのためにボクたち貧乏神がサポートするのですが、今回はボクがやりすぎてしまいました。
ツイていない時を教えるだけのはずの貧乏神が、攻めるべき時を教えてしまったのです。
ボクはそれを言いたくて、でも言えなくて、悩んでいました。
ご主人様みたいに、こんなに長い間ボクを置いてくれた人は初めてだったからとても楽しくて、でもボクがいたらご主人様はずっと前へ進めないような気がして、とてもとても悩みました。
でも、今は言って良かったと思っています。お別れはできなかったけど、ご主人様がこれからまた元気に頑張っていく姿が、ボクには見えますから!」
…なんだよ、それ。オレが誰のために勝ったと思ってるんだよ。
今日は生まれて初めて、自分以外の誰かのためにパチスロを打ったんだぜ。
オレは余り玉で取った、レイの大好きな「さわやか☆バナナマンゴー・スプラッシュ」の缶を開け、一気に飲み干した。そしてすぐさま窓を全開にし、
「ゲェフゥ…」
トロピカルなゲップを、「あばよ!」の意味を込めて、空に向かって放ってやった。

その日からオレは、自分の知る限りのパチスロ雑誌に履歴書を片っ端から送りつけ、数ヵ月後にようやく今の編集部に潜り込むことができた。
もともとパチスロの知識や腕には自信があったので、それなりに即戦力的な活躍は出来たと思う。
その甲斐もあってか、ペンネーム的な名前と顔を出して記名記事を書くお許しを与えられたのが、つい先週の話。
言ってみれば、この「魂の軌跡」の実戦コラムが、ライター・ノムラ600マンのデビュー戦というわけだ!
オレは今日打ったばかりの新機種が、どれだけ面白くてアツい機種だったかをキーボードを介して書き殴り、一通り見直して「ウン」と一つ頷いた。
冷蔵庫を開け、バナナ味とマンゴー味が混ざった炭酸飲料をグイと流し込み、「ゲェフゥ…」と一息、仕事の区切りをつける。
誰かのために打ち、誰かのために書く、か。
このライターという仕事は、オレの天職に違いないぜ!!
…その頃、百馬が住むアパートの階段を上がる、一人の女性の姿があった。
年齢は百馬と同じくらいだろうか。黒髪にショートカット、どことなく「新世紀エヴァンゲリオン」の碇ユイを思わせる顔立ちだ。
彼女が持つビニール袋には、「さわやか☆バナナマンゴー・スプラッシュ」の缶がダースで詰められていた。
(終)

【作者あとがき】
燃え尽きた。
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| ノムラ600萬 |
| 名前の由来はパチスロで貯めた貯金の額。人並み外れた妄想力を持ち、パチスロでアツい場面を想像しただけで快感を得られる。と、思いきや、とても口には出せない様な妄想を膨らませている場合もあるので、特に若い女性の方は注意されたし。 |
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