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| 実戦機種「リスキーダック(7Rush特別仕様)」 |
| 投資 |
ゲーム数 |
ボーナス |
| 1000円 |
73 |
777 |
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22 |
777 |
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94 |
SIN |
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35 |
777 |
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1 |
777 |
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5 |
777 |
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55 |
SIN |
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96 |
SIN |
| |
106 |
SIN |
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6 |
777 |
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2 |
777 |
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169 |
777 |
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211 |
777 |
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6 |
777 |
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142 |
BAR |
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148 |
777 |
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1 |
777 |
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108 |
777 |
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1 |
777 |
| |
1 |
777 |
| |
2 |
777 |
| |
1 |
777 |
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150 |
SIN |
| |
17 |
SIN |
| |
39 |
777 |
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12 |
777 |
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38 |
777 |
| |
42 |
777 |
| |
69 |
777 |
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22 |
ヤメ |
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| 総回転数 |
1674ゲーム |
| BIG |
22回(1/76) |
| REG |
1回(1/1674) |
| SIN |
6回(1/279) |
| 投資金額 |
1000円 |
| 獲得枚数 |
5457枚 |
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■実戦コラム
「ニュー大根」というパチスロ専門店は、自分が生まれ育った街にたった1軒だけあったパチンコ店にすごく似た建物であった。昨今の郊外店のようにきらびやかでもなければ、パチンコ店らしい独特のネオンサインもない。
私鉄沿線のとある駅前の商店街に、薬局やら居酒屋やらいろんなお店の中の1つ。街を形成するためのショップの1つとして存在していた。正直車で前を通過しても1度目は見つけることができない、そんなホールだ。
ここが今回「7RUSHカップ〜名機への愛は永遠に〜」の舞台。今までいろんな実戦企画に参加させて頂いたが、今回ほど楽しみな実戦企画はない。だって最も思い入れの強い「リスキーダック」での参加が許されたのだから。
自分にとってリスキーダックは生涯絶対に忘れられない機械なのである。その当時からパチスロに興じていたファンの方も、リスキーダックの存在を知っている人はほとんどいないはず。
同時代にはアークテクニコの「アニマル」があり、オリンピアの「バニーガール」があり、ミズホ製作所(現アルゼ)の「センチュリー21」がある。もちろん自分もこれらのマシンは死ぬほど打った。死ぬほど……という言葉がウソっぽく聞こえるかもしれないが、その時代は年間を通じ、1メーカー2機種までしか出してはいけないという内規(?)があったことが1つ。
そしてホールもスロットは導入したらよほどのことがなければ入替をしないという時代。必然的に近所のホールに設置されれば「死ぬほど」打つことになる。そして自分が最も通っていたホールに設置されたパチスロ機が、タイヨー2−2号機「リスキーダック」なのだ。この設置が自分の運命を変えたと言っても過言ではない。
当時はパチンコの羽根モノで、4000発定量まで持っていけるかどうかの勝負をしていた自分。18、19の学生の身分である。5000円も財布に入っていれば友達に奢る余裕があった金銭感覚だ。逆を言えばデジパチや一発台なんぞは恐れ多くて近づけず、パチスロに至っては大人の遊びと近づこうなどとは考えもしなかった。
実際いろんな人のコラムやらで表現されている言葉通り、スロットコーナーは「鉄火場」そのもの。ガキンチョが足を踏み入れる場所ではなかったのは間違いない。
ただモーニング狙いやら、たまにお金があった時に背伸びしてパチスロを打つことはあったが、パチンコと比べて謎が多く、イマイチしっくりこなかったのも事実。
パターン?
天井(1.5号機までは天井機能が存在した)??
リーチ目……???
説明してくれる友達もいたにはいたが、きっとソイツも完全に全てを把握していなかったのだろう。何が何だかわからんまま勝負して、負けて……を、それまでは繰り返していただけ。
しかし地元のホールにパチスロ「リスキーダック」が設置されてからは状況がいっぺんする。まず、その当時はパチスロ新設=1ヶ月くらいは利益ゼロくらいの勢いで出玉が期待できたので、オイシイ。そして同じ機種を3日も打てば、さすがにコツが掴めてくる。
リーチ目表にはチェリー絡みの出目が並んでいたものの、チェリー出現=リーチ目ではない。
単純に等倍返し(※フラグが成立した後の目押しをできない人への救済処置。
小役の還元率を上げることができた)の際にチェリー確率が上がるだけなのだ。
そしてフラグが成立していれば、4コマ以内であれば必要最低限スベって枠内に絵柄を引っ張りこんでくる。
つまりフラグが成立すればリールのスベリが発生するわけだ。
そんなことがその当時はわかる人が少なかったし、自分も最初は知らなかった。
またインターネットもなければ、攻略誌もまだ内容は薄っぺらい。だからここに書いてあるような、
今では当たり前の事前知識的な内容が、ある意味攻略法になってしまう。
チェリーが出ないからか、スベリが入っているのにやめてしまったり、また配列が打ち手に優しくないので、ボーナスフラグが立っていても、その後小役フラグが成立しなければ揃わないテンパイ型があったり。
確か26台のリスキーダックがあったが、夕方学校から帰ってきて1000円分のコインを借り、店員さんに見つからないように(その当時は台移動なんてものは認められなかった)各台を1枚掛けしてプレイすれば、少なくとも1〜2台はなんらかのボーナスを拾えたようなものだった。
そうやってリスキーダックを通じて「勝てる」ということがわかってから、パチンコもスロットも努力をすれば勝てるんだと考えられるようになった。雑誌でプロの人が書いていることもリアルにわかるようになってきて、本格的にパチンコ・パチスロに興味を持つ。
今までは学生の遊びの1つであり、ギャンブルとしての遊んでいたものが、努力をすれば勝てるものと考え方を
変えてくれたのがリスキーダックであり、そのシマで仲良くなったパチプロの方とのやり取りだったり……。
そんなことを右レバーを叩きながら思い出してみたり。勝負はダントツで勝たせてもらったのですが、
多分参加者の中で一番のおっさんゆえ、スロットを通じての想い出が一番多かったからじゃないかと。そんな風に考えてみたり。
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| (リスキー長谷川) |
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